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六波羅蜜−精進− |
大乗仏教において、さとりをめざす菩薩に課せられた六種の実践すべき徳目があります。それを「六波羅蜜(ろくはらみつ)」というのですが、「波羅蜜」とは梵語(ぼんご)でパーラミターといって「彼岸(ひがん)」という意味です。あの「お彼岸」の「彼岸」、彼(か)の岸、むこう岸という意味で、つまり「六波羅蜜」とは、さとりの彼岸をめざすための六つの大事な行いのことをいいます。
第一は「布施(ふせ)」これには財施、法施(真(まこと)の理(ことわり)を教えること)、無畏(むい)施(恐怖をとり除き、安心を与えること)の三つがあります。
第二は「持戒(じかい)」。戒律を守ること、自己を常に反省することです。
第三は「忍辱(にんにく)」。苦難に耐え忍ぶこと。
第四は「精進(しょうじん)」。他の五つの行いをたゆまず実践しつづけること。
第五は「禅定(ぜんじょう)」心を安定させることです。
第六は「智慧(ちえ)」。真実の智慧をひらめきあらわすこと。
以上の六つが「六波羅蜜」です。
山中喜八氏は小学校しか出ておられませんが、独学で日蓮聖人ご遺文のご真蹟の研究をつづけて、九十一歳の平成五年、立正大学より文学博士号の学位を授与されました。最高齢の授与でした。
その研究の一つに、日蓮聖人がお使いになられた『法華経』のお経本の研究がありますが、日蓮聖人はそのお経本の行間に細く小さい文字でさまざまな「注」を書き込まれています。それは天台大師の「玄義(げんぎ)」や「文句(もんぐ)」からの引用、伝教大師のご文章の引用等々さまざまですが、氏はまず、その読むことさえ難しい書き込みを一つ一つ判読し、さらにその引用文の出典が何であるかを明らかにされました。一週間かかって、やっと一行しか判明しないということや、一ヶ月も二ヶ月もわからなくて、後にハッと気づかされたこともたびたびあったといいます。
これはまさに六波羅蜜の実践であるという思いがします。特にその九十一歳までたもちつづけた精進のお姿、そして今もなお精進しつづけているお姿には感銘敬服せずにはいられません。そのお姿からは、それぞれの道に精進しつづけることの中にこそ、仏教の彼岸への道があることを教えられます。 |
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