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08.03.10
 
 
悲母の髪の毛
弘安五年(一二八二)十月十二日、日蓮大聖人がお亡くなりになる前の日、夜の帳(とばり)が静かにあたりを包むころ、弟子信徒の方々は、大聖人の病重しとかたずをのんで控えておりました。枕元には、師への孝養第一といわれた日朗(にちろう)上人が、大聖人のお顔をじっと見つめて座していました。すると大聖人が眼を開かれ、「日朗よ」と口を開かれました。

「ハイ、お師匠さまお気づきでございますか」。

「日朗よ、いよいよ日蓮の回復は覚束ない。最後にそなたに頼んでおきたい事がある」。

そう申されると、大聖人はふところの奥より小さな古ぼけた紙包みをとり出し、

「日朗よ、これをそなたに預け置く。よいか、日蓮もしもの場合は必ずこれを火葬の折に一緒に焼いて下され」。

「御師匠さま、これは何でございましょうか。この紙包の中を拝見いたしてもよろしゅう御座いましょうか」。

「いや、ならぬ…、いや…ほかならぬそなたのたのみ…、開いて見よ」。

お許しをえた日朗上人がおそるおそるその紙包みを開いてみると、そこにはひとにぎりの髪の毛がありました。

「日朗よ、不思議に思うであろうが、それは日蓮の母の髪の毛じゃ。十二の時、父母と別れて修行の道に旅立つ時、二度と会えぬかも知れぬと、母が形見にくれた髪の毛じゃ。その日以来、日蓮が片時も肌身離さずふところの奥にたもちつづけたもの。大難四ケ度、小難数知れず…、おかげで龍の口の首の座も、また北国佐渡ケ島の流罪も、母の守護により無事であった。日蓮没した後は残して置いても詮ないこと、一緒に焼いて下されい」。

そう言い残された大聖人は、翌十月十三日の朝八時ご臨終を迎えられ、霊山浄土に旅立たれたのでした。

しかし日朗上人は、御師匠さまとお母さまの心のきずなでもあり、また大聖人の親孝行の心のあかしでもあるこの髪の毛を、一緒に荼毘に付してしまうことはどうしても惜しまれ、お弟子方とも相談の結果、後世にその心の形見として残すことにされました。

今も残る池上本門寺の国宝の日蓮大聖人の御尊像。その右手にお持ちの払子(ほっす)は、このお母さんの髪の毛をもととしてつくられたのでした。
 
   
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