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自己探究の教え |
仏陀が悟りを開いてからのち、人々に最初の説法をしたところは鹿野苑(ろくやおん)と呼ばれていますが、仏陀はまたいろんなところにおもむいて教えを説かれました。
その伝道の旅の途中、仏陀がある森の大きな樹の下で憩いをとっていた時のことです。若者たちが、なにかあわてふためいて森の中を右往左往していましたが、仏陀がそこに坐っているのを見つけると、いきなり「こっちに、女がひとり逃げてこなかったでしょうか」とたずねました。仏陀が事情をきいてみると、彼らはそのあたりの良家の子弟たちで、約三十人ばかり、おのおの妻と一緒にこの森に遊びに来たのだそうですが、その中に一人だけ未婚の者があって、彼はひとりの遊び女を連れてきていました。ところが、この森でみんながうつつをぬかして遊び楽しんでいるうちに、その遊び女が彼らのお金などをとって逃げてしまったというのです。そこで、みんなしてその女を探しているというわけでした。
仏陀はその話を聞くと、若者たちにかたりかけました。
「若者たちよ、君たちはこれをどう思うか。逃げた女を探し求めることと、おのれ自身を探し求めることと、どっちが大事だろうか」。
思いがけない質問に、われを忘れて遊び、われを忘れて女を探していた彼らは、一瞬ハッとしたようでしたが、その中のひとりが思わず、「それはもちろん、自分を探し出すほうが大事なことです」と答えました。すると仏陀は「若者たちよ、ではみんなそこに坐るがよい。わたしがいま、おのれ自身を探しだす道を教えよう」。そう言って仏陀は若者たちにむかって静かに語りはじめたといいます…。(増谷文雄『仏教百話』ちくま文庫)
仏教というのは、なによりもまず自己探究の教えなんですね。 |
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