「忘己利他(もうこりた)慈悲之極」
己(おのれ)を忘(わす)れて他(た)を利(り)するは慈(じ)悲(ひ)の極(きわ)みなり
「己を忘れて(忘己)他を利する(利他)」とは、「自分の事を後にして、他者の幸せを先に大切にしたい」と願うことであり、「慈悲」とは「慈しみの心」とも呼ばれ、「人と心を共にし、人の苦しみを受け取り、人に幸せを与えたい」と自然にふるまうことを意味します。お釈迦さまは私たち人間がどう生きるべきかという問いに対して、「常に慈悲の心を持ち続けなさい」と「慈悲」をもととした生き方をおしめしになられました。
平安時代の僧、伝教大師最澄(でんきょうだいしさいちょう)は「自分の事は後にしてでも、まず先に人を助けたい、幸せにしたいという心持ちを持つ事が、最も尊い慈悲の姿である」と考え「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」とお説きになられました。
この言葉に深く感銘したキリスト教のローマ法王ヨハネ・パウロ二世は日本を初めて訪れた時、「今から千二百年ほど前に現れた偉大なる日本の宗教者、伝教大師最澄は、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり、といっておられる。これこそが、世界宗教の一番大切な理念であり、宗教行為であるから、世界中の宗教者がこれを用いようではありませんか」と仏教の持つ慈悲の素晴しさを讃(たた)えられました。