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お里・沢市の話 |
楢の壷坂寺に伝わる「壷坂霊験記」に、有名な「お里・沢市の話」があります。
夫の沢市は目がまったく見えないのですが、妻のお里はその夫によく尽くし、二人仲良く暮らしていました。ところがいつの日からか、お里は、夫が寝ついてしまうのを見計らうように、毎晩外へ出ていくようになったのです。沢市は不審に思い、ある日そっとお里の後をつけます。実は、お里は壷坂寺の観音さまに願をかけ、お百度参りをしていたのです。何の為に? もちろん、ただひたすら夫の目を治したい一心です。沢市は、男でもつくったかと妻を疑った自分のみにくさを恥じ、これ以上妻に迷惑をかけたくないと思い、寺の崖から身を投じます。それを知ったお里も夫の後を追って崖から実を投じてしまいます。……しかし観音さまの霊験により奇跡が起って、夫婦ともに助かり、沢市の目もついには見えるようになったという物語です。
観音さまというのは、『法華経』の第二十五章にでてくる菩薩さまで、京都の三十三間堂の手が千本もある千手観音などで有名ですが、苦しみに悩む人たちが「観音さま助けてください」と観音さまの御名(みな)を称えると、その声を聞いていろんな手だてを使って助けてくれるという、仏さまの働きをしめす変化の菩薩さまのことです。
沢市は最愛の妻をも疑います。しかし、夫の目を開かせてほしいという妻の一心の願いにふれたとき、自分の心の醜さ、愚かさに気づき、崖から身を投げて、その古い、汚れた自分を捨て去ります。ちょうどそのとき、観音さまが救いの手をさしのべ、生命をよみがえられせてくれるのです。つまり、本当の智慧の目(まなこ)の目覚めがそこに誕生したわけです。
「観音さまは生きている」。それが『法華経』のメッセージです。 |
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